エッセイ 25 3月 2011 弱音を吐いて、次に向き合う事 地震から2週間がたって、ようやく友だちの声が聞こえてきた。首都圏で直接被害のなかった人たちの、小さな小さな弱音。眠れない。頭が痛い。電車に乗れない。吐き気がする。気力がわかない。どれも人ごとじゃない。気が張ってた数日をすぎて、被災者の事を思えば私たちが辛いなんていえなくて、口にしづらかったしんどさが… 続きを読む
エッセイ 14 3月 2011 混乱の中で 言葉にならないまま、数日をすごした。気がゆるめば涙があふれそうになる。被害に直接合った方も、合わなかった方も、時間が経つにつれて悲しみが深くなってきていると思う。実際に被害に合っていない私が、ニュースの事を語る事はできないから、直接の地震体験ではなく、感じた事だけを言葉にしようと思う。地震の翌日、ホ… 続きを読む
エッセイ 22 2月 2011 好きなもの 誕生日までに好きじゃないものを捨てる大作戦中。台所の好きじゃない食器類を、一通り整理したり、いらない服を売ったり、リサイクルしたり。そうして気づくのは、自分の好きなものの傾向。私は陶器や木のもの、麻や綿が好きで、しかもじわじわ味わいの変わっていくものが特に好きだということ。使い込んでようやく柔らかみ… 続きを読む
エッセイ 23 1月 2011 歯車 大したことじゃないけど、全部の歯車が狂っているような一日が、たまにある。昨日から2度も仕事の時間と場所が変わり、でもちょっとゆっくりできる変更だったので、今日は朝から普段できない片付けをしたりして、ゆとりをもって準備をしてでかけたのに、早速腕時計を忘れる。今日は劇場で本番だから時計必須なんだけど、携… 続きを読む
エッセイ 17 1月 2011 熱の功名 週末関わったライブで、島崎智子&シモシュの演奏に心がぎゅっと苦しいくらい熱くなり、そこへ出演していた初めてみる中川五郎さんに完璧に心奪われ(もうね、歌詞が脳を通りませんよ、胸直撃です)帰って来たら案の定熱を出した。熱が出るとたまに、ものすごく研ぎすまされてハイになる時があるけれど、今回もある時間帯か… 続きを読む
エッセイ 2 1月 2011 2011年! あけましておめでとうございます!…全然新年っぽくないなあ。いつもと同じように眠り、いつもと同じように目が覚めた。昨年末、長年のあこがれであった谷川俊太郎さんにとうとう会えて、ちょっとだけお話もできた。79歳の谷川さんは、私が知るプロフィール写真よりもしわが増え、小さく感じ、けれど子どものようにぴちぴ… 続きを読む
エッセイ 5 12月 2010 おいしい ここ数ヶ月、ものの味が分かってなかったみたい。忙しくて、無意識のうちにハイになっていて(それはこの仕事上、ある程度は必要不可欠なんだと思うけど)台所にも立てず、外食と簡単なものだけ食べていた。「これは仕方ない!!」と覚悟を決めないとやってらんないくらい忙しかったし、それくらい没頭出来るのはすごく幸せ… 続きを読む
エッセイ 10 11月 2010 友達 今月の初めは、いくつも重なった舞台が一通り幕を降ろし(年内残り3つのプロジェクト!)久しぶりにお客さんとして、大好きな友達のライブを、大好きなお店へ観に行く。シンガーソングライターも、店長も、同い年の大切な友達。それぞれに、女性一人で自分の仕事を引き受け、人生を引き受け、自立して歩いていこうとする同… 続きを読む
エッセイ 16 10月 2010 枯れた… 創作の現場が途切れる事なく続きます。生活の全てを持っていかれる感じ。ここ1、2年枯らした事のなかった植物達を、半分枯らしてしまった。気にしつつ1週間留守にしたときは全然平気だったのに。今私の心が一緒に寄り添っていないのを、彼らは感じるんだろうな。私が彼らの存在を忘れたとたん、数日で簡単に植物は枯れる… 続きを読む
エッセイ 12 9月 2010 実感 奔走しているうちに、大きな公演がいくつか終わりました。秋に向けては、さらにさらにハードな舞台ラッシュが待っているようで、本当にまさに今、正念場だなあという感じ。でも、ここ数年いつもそんな事を感じている気がするけど。自分の人間的な未熟さを痛感したり、人と心がつながっていく様に感激したり、ときには真剣ゆ… 続きを読む