混乱の中で

言葉にならないまま、数日をすごした。
気がゆるめば涙があふれそうになる。
被害に直接合った方も、合わなかった方も、時間が経つにつれて
悲しみが深くなってきていると思う。
実際に被害に合っていない私が、ニュースの事を語る事はできないから、
直接の地震体験ではなく、感じた事だけを言葉にしようと思う。

地震の翌日、ホール主催者が開催を決定したコンサートの受付に行った。
都内よりも混乱が少なく、電車も動いていて、建物も安全確認をした。
何よりも奏者がかけつけてくれたのだから、やろうという決断だったようだ。

余震がまだ続く中、緊張した面持ちでやってきたお客さん。
開場中から静まり返った場内。
危機感あふれる非常時のアナウンスのあと、奏者は
「今回の地震に思いをよせて、この曲を演奏します」
とだけ言って、クラシックの曲を演奏した。
特別な意味を持つ曲ではないが、奏者が万感の思いをそこに乗せたのだろう、
会場内からは、たくさんのすすり泣きが聞こえた。

直接の被害は何もない、今回の私たち。
なのに、こんなに張りつめて傷ついているんだなあ、とそのとき心底知った。
みんなガチガチだった姿勢が、ようやくゆるんで、コンサート中には寝息も聞こえた。
余震で眠れなかった夜を知っているから、コンサートで寝息があんなに嬉しいと思った事はない。

終演後には、みんなほっとしたような顔をして、非常にたくさんのアンケートを残して去って行った。

こんな時にじゃなくて、こんな時にだからこそ、音楽は必要なんだと、痛切に感じた翌日から、私が携わる予定だった舞台のキャンセルが、続々決まった。

首都圏では、停電が始まっている。
安全確認の問題、音響照明の問題、交通の問題などで
たくさんの公演が中止になり、友人のライブハウスもライブをいくつも中止した。
これから対応が決まるものもある。

本当に、そんな事苦しみのうちに入らない、というのはよくわかってる。
でも、舞台キャンセルの連絡を聞く度に、がまんしていた涙があふれてしまうのだ。

地震翌日にやってきたお客さんの顔を思い出す。
月末の舞台の幕をどうにか上げたい仲間の必死のメールを思い出す。
「ライブはできないけど、店を開けるから、不安な人おしゃべりしにきて、それがわたしにできること」と連絡をくれた件のライブハウスの店長の言葉を思いだす。

私が唯一できることは、やっぱり作りかけの舞台の幕をちゃんと上げるサポートをすることだ。
イレギュラーな形でもでいいから出来る限り、作り手の思いを宙に浮かせないように私はしたい。
お客さんにひとときやわらかい気持ちになってもらいたい。
その方法を探って行く。

ガチガチに不安で固まった首都圏のわたしたちが、ガソリンや保存食を買い占める。
直接何も出来ないもどかしさと不安を声高に口にできないからこそ、自分を守る手段に出るのかもしれない。
わたしたちのぎすぎすは、間接的に被災地への被害となる時期だからこそ、今すぐにいのちの危険のない人たちには、身体と心をゆるめてほしい。
笑顔になってほしい。
ニュースをずっとつけて怒りや悲しみに飲み込まれないでほしい。
あなたたちに届けたい歌や届けたい物語がたくさんあるんだ!

もちろん、具体的に募金もしよう。
それからいろんな方の呼びかけている祈りもまた、無力ではないと思う。
私は、普段から身体のメンテナンスで参考にする事の多い、タオゼンの大内さんの方法を信頼し、トライしてみようと思う。
http://masahiro.taozen.jp/archives/1299

やれることは、日常生活から乖離しないこと。
その上で、自分以外の事にも、深くイメージを張ること。
わたしは今、そう思っている。


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