広島旅その2ーオノヨーコ展ー
広島での初日は、夕方パタっとホテルで寝て、夜は市内を散歩したり、
超個性的なカフェに入ってごはんたべたり、久々ののんびりペース。
翌日は、この旅の主目的、オノヨーコ展。
その美術館は、市内とはいえ、ちょっとはずれの山の中に建っていて、
路面電車を降りてから、ちょっとしたハイキングコースのような道を登ってゆく。
息を切らせながらようやくたどりつくと、外に飾られていたのは、オノヨーコ展のひとつ、
ウィッシュツリー。人が短冊に願いを書いて木につるす、まさに七夕の笹みたいなやつ。
なんとなく、それをみた瞬間、ここでやってる事に意味があると思った。
山の中を登ってきて突如見えてくるツリーも、その建物との調和も。
…中に入ると作品そのものは、数も少なく、いつもパッと見ちゃうタイプの私には短すぎるくらいの滞在。
けれど、号泣しながら出てくる私。広島二度目の魂号泣。
写真も撮影可能で、会期も終わっているし、紹介したいのはやまやまなのですが、
言葉にならず。
アートはアートなんだものね。
でも、私オノヨーコさんって好きだけどエキセントリックで理解不能な感じかと思っていたのだ、勝手に。
メッセージありきなのかなとか。
作品を解説しているものや、断片的に入る情報から、そんなイメージを持って、ちょっと怖かった。
でも作品の中に入ってみると(まさに作品の中に入る、という感じのアート)
「意味を考えながら見なくていいんだ」って思ったし、何より、彼女はとても優しいんだな、と思った。
作品から漂ってくるのが、自己主張じゃなくて、なんだかとても優しい空気だったのが本当に意外で。
「希望の路」と題されたこの作品は、明らかに広島で発表するための「原爆」と「3.11」をイメージしている。
でもそれは、何かを責めたり訴えたりする空間ではなかった。
ただただ、人をいとおしむ、その事だけが伝わってきた。
作品の最後は、真っ暗な部屋で遺体安置所のような場所を通り抜けて、出口へ出る。
そこを出ると、ガラスから降り注ぐ外の光と、緑と、オノヨーコのメッセージが風で揺れている。
「希望の路」
そのタイトルが、意味じゃなく思いとして、体の中に溢れてきて、
本当に魂が交信したな、と思った。
写真でも動画でも、伝わらない物が本当にある。
魂は時間も場所も越えるけど、でもその場所に行かなければ、ラジオのチューニングのように、
アンテナ立てても繋がらないものがある。
この旅で、それを確かめにいったんだな。
「行きたい!見たい!」と思った事は何があっても本能を信じて実行しよう。
そう決意する旅だった。
…旅モードに半分だけスイッチが入っちゃったこの短い旅、帰りにとんぼ返りで似島に寄ったり、
横浜でバスを降りたら鎌倉寄っちゃったりしましたが、無事帰宅。
大分ハードだったのだが心の中が元気いっぱいだったので、「私も体力ついたなあ」
と安心したら数日後、顔がぶわーっと腫れ、なんだろと思っている翌日には高熱。
そして口中数えきれない口内炎、手足の発疹。
体力ついてないじゃん。
心がぐわっと揺れる経験をすると、そのあとに発熱するというのは、私のよくあるパターンだけど、口内炎と発疹がついてくると、もう本当にお手上げ。
本能に従うって、リスク高いなあ。