広島旅1ー祈りのタワー、原爆ドームー
しばらく放っておいたらすっかり仕様が変わってログイン出来なくなっていたしろぐ。
久々触ったら入れたよ!!
さて、ヒロシマ賞を受賞したオノヨーコの作品展の新聞記事を見たのは9月の事。
広島の美術館でだけやっているので、行きたいなあ〜とザワザワしたのだが、
ちょっと大きな制作舞台に忙殺されて、
ようやく終わった10月上旬には、疲れ果ててすっかりその事を忘れていた。
その後、制作チーム(子連れ)の慰安日帰り旅行?で、大好きな藤野のイベントに行った時、
彼らの生活とアートがまさに隣りあっている事にすごく刺激を受けて、
帰り道、「なんか広島に行っといた方がいい気がする!!」と思い立つ。
急いで美術展の会期を調べると、これは急がなきゃいけないし、
私のスケジュールも合わせると、翌日高速バスで出発するしか方法はないよ!ということに。
…こう見えても、多少は計画を立てる方が安心出来るタイプ、こんな急に旅行することなんてないのだよ…
でも、頭の中には、「自分の心と直感に従う勇気を持ちなさい」という、かのジョブズさまの声。
ええい、行ってしまえ。
疲れの残る体に高速バスはきつかった…
でも広島に着いて朝一入った喫茶店のモーニングとネルドリップコーヒーがすごく美味しくて、
すぐに元気がでる。カフェのモーニングって大好き!
何にも調べてないし、まだ朝8時すぎで、本屋もあいてない。
JRの路線図を見ると、「宮島口」からフェリーが出てて、世界遺産の宮島に行けるというので、
とりあえずそれに決定!
宮島は、完全に観光地で、大して情緒の感じられない土産物店を抜けて、厳島神社へ入る。
満潮から1時間後くらいなので、すっかり水の中に建つ神社。
潮位を計算して、これを作ろうと思った昔の人はすごいよ。
と感心はしつつも、清濁いろんなものを奉っている島にちょいと複雑なものを感じる。
確かに「神の島」だけどさ、寄せ集めちゃった感もなきにしもあらず。
その後、広島平和公園へ。
乗ってて楽しくてとびきり安い路面電車に乗って、原爆ドーム前に出る。
降りて原爆ドームが目に入ったとたん、なぜか溢れてくる涙。
前に見たから懐かしさが、とかじゃなく、ショックを受けたとかじゃなく。
ただただ条件反射のように涙がでてくる。
理由のない涙は、魂が何者かと交信しているんだと、私は勝手に思っているのだが、
この時、まさにそんな感じだった。
「来なきゃわからなかった」
確かにそう思った。
平和公園を歩くと、高校時代に訪れた事をぽつぽつと思い出す。
貞子の像の周りには折り鶴を奉納?するガラスケースが出来てしまっていた。
高校時代おそらく韓国系外国人に英語で
「この慰霊碑が、公園の外にある事を、あなたはどう思うか?」と話しかけられ、
胸が詰まった思い出のある韓国人慰霊碑は、ちゃんと公園の中に移設されていた。
平和資料館の他に、あまり意義の分からない平和祈念館というのも出来ていた。
…やっぱり平和公園自体は私はそんなに好きじゃない。
高校時代にぼんやりと違和感を感じた事を、今回ははっきりと自覚した。
爪跡を消すようにコンクリートと土と、木をバランスよく配置したその場所は、
キレイすぎて何も語らない。
たくさんある慰霊碑も、もちろん作らずにはいられない思いは重々理解しつつも、
やっぱりキレイに整いすぎている。
でも原爆ドームだけは違った。
確かに細かく補修されて演出されているようにも見えるのだけれど、
すごいエネルギーを感じた。
皮肉なことに、人造のどのモニュメントよりも美しくて、素晴らしいアートにもなっていた。
沢山の人が、ここを残そうと思い、守ってきたこと、祈ってきたことと関係があるのか、
すでにそこは、浄化された祈りのタワーになっているような感じだった。
まるで神社のような聖地のような空気。
これだけは、今回初めて感じた事。
それを感じただけで、なんだか来たかいがあった。
翌日は、いよいよ現代美術館へ、オノヨーコ展を観にゆく。