誕生日の日に
今日、ひとつまた歳を重ねた。
どうもここ一週間くらい、尋常じゃない忙しさと精神的な乱気流が起こったと思ったら、
ちょうどこの一週間の中に、父の命日、お彼岸(しかもマヤ歴は新年だ!)誕生日、が続いているのだった。
なるほどねー。
自分とおんなじ誕生日の知り合いが3人もいる。
いや、直接知っているのは一人だけだが、高校時代の、同い歳の男子である。
私とは完全な生年月日一致で、星座も干支も誕生日占いまで同じはずなのに、ちっとも似ても似つかない。
あまりに似ていないので、いつもネタになる。
奴はどこか心根がふらふらしてて頼りないが、とにかく私と違って仲間思いなので、心から幸せになれよ、と思う今日。
あと一人は、知り合いの母親。
知り合いは、母へ対する複雑な思いを、同じ誕生日の私に投影し、彼女が母に認めてもらいたい事を、私に求めているようだった。
一時私はそれがとても苦しかったが、彼女が「実体」の母親と向き合えるよう、心の中で祈ればいいだけのことなんだ、と気づいた。
私の誕生日は、少しの時間、その人のために祈る日でもある、とそれ以来思う。
もう一人は、友達の父親。
風変わりな父親と同じ誕生日とは、素敵!絶対忘れないだろうなと笑った。
彼女は、その後私にとってとても大事な人の一人になり、誕生日を通じて、その人とつながっている事を、この日がくると思い出す。
人はそれぞれで、三者三様。誕生日でくくれるほど、単純じゃない。
でも誕生日が結ぶ縁も、学ばせる縁もあるのだろう。
私は、数年前から、誕生日は、生まれ直す日だと思っている。
生まれ変わるのではなく、今のまま、何度でも新たに生まれ直す。
「誕生日はあなどれない」と私に言った人の言葉を、私はそう解釈しています。
(ほんとは違う意味だったみだいだけど、いい言葉だな、と思った)
3人とも、生まれ直せていたらいいね。おめでとう。
今日はレコーディングに立ち会い、劇団の稽古始めに立ち会い、慌ただしく過ぎた。
大事な友達二人からは、メールと手紙がそれぞれ届き、なんだかとても守られている感じがした。
大切な人、大切な事。それがぎゅっとこの一日に凝縮されているようで、
今進もうとしている方向は、きっと大丈夫、と静かに思う誕生日だった。