鏡
友達の素直な感情の発露を受け止めているうちに、
自分の何かが流れ出す事がある。
今年の七夕、満月の夜は、そんな日でした。
その日、号泣しながら電話をかけてきた友達、何事かと思えば
「さみしいんだよー!!!」
あまりの素直さに爆笑してしまった。
そんな素直な爆発、最近あまりお目にかからない。
でも彼女は「寂しい」と言う時、それを誰かにゆだねてはいない。そこから逃げてもいない。
依存してるようでしていない。甘えているようで甘えていない。
自分の人生を全て自分で引き受けて、彼女は歌い手なので、それを全て歌にして、
それでもどうしても溢れてしまうものを、時々こうやって爆発させる。
孤独をちゃんと受け止めなかったら、表現は産まれない。
孤独を誰かに託したら、多分彼女の歌は全然輝かないのだ。
ああ、しんどいね。
でもそのしんどさから産まれる歌は、本当に人を救うんだよ。
なんだか、人の心の弱くて柔らかい部分に触れる時、自分の同じ部分が
共鳴して慰められ、静かに強くなる気がする。
いや・・・その出され方にもよるけど。
きっと、彼女は自分の寂しさをさらけ出す事で、他の人の同じ部分を癒す、
歌い手としては一種の才能ともいえるカウンセリング能力を持っているんだな。
それは大前提として、絶対に自分に嘘をついていないからなんだ。
すぐに泣き、すぐに笑い、考えも行動もころころ変わる彼女。
でも、感情に振り回されることと、自分に嘘をつかない事は違う。
感情に振り回されそうになった後、あっけなく彼女は
「今見栄を張った。今、強がったわ、大事なのはそこじゃない」
とすぐに言う。
自分の感情よりも、自分の本質を見つめている。
素直であることは、感情に負けることじゃないんだな、と彼女を見ると思う。
だからその天真爛漫さに振り回されながら、私も逆に自分の内面を見つめる事ができる。
人は鏡なんだなあ。
無意識だけど、私の代わりに、目の前の人は泣いたり怒ったりするんだなあ、
そういう人がいてくれてよかった。
ほんとに、満月の七夕以来、何かが流れ出した気がするのだ。