魂のふるさとへ4

翌日、予定を立てずに那覇をぶらぶら。
那覇、苦手だったのだ。
すぐ客引きにつかまるし、本土の人多いし(笑)

でも、もう地図を見る事を完璧に諦めてふらふら歩けば歩く程、奥へ奥へ面白い裏道へどんどんつながる。
地元の人ばかりの食堂のゆし豆腐は絶品だったし、商店のおばあの商売っ気のあるかないかわからないおしゃべりを楽しみながら買い物をしたことも、雨で飛び込んだ桜坂劇場のカフェで、とても丁寧にいれられた紅茶を飲んたことも、古い銭湯に行き、レトロすぎてどう使うか分からない洗い場を見よう見まねで使った事も、那覇の苦手意識をくつがえしワクワクの止まらない、単純に幸せな時間だった。

夜、観光客相手なのは承知のうえで、チャンプルーズのライブハウスに行った。
チャンプルーズ、かっこよかった・・・お酒を飲んだ本土の人相手の営業の中に、どうやって維持しているのだろう、あのピュアな魂。音楽をしつづけることをやめていない。

そして、最終日、夜の飛行機の前に、思い立って泊港からフェリーで渡嘉敷島へ。
おお、なんと平和なやさしい島。
先入観が何もなくても、久高島とは全然空気が違う。
もちろん面している海が違うから、エメラルドで穏やかな波だし、渡嘉敷島の近くはたくさんの島が点在していて、それだけで、受け取るイメージは全然変わるのだと思った。。
ダイバー向けではあるけど、まだシーズンまっただなかではない分、静かな普通の町並みを見る事ができたし。
そしてここでも妙にいくつも見つけるウタキに挨拶。もうウタキ探しの人のようだ。

そして、旅のテンションに慣れ、旅の鋭敏な感覚が最大限に発揮され始め、あと1週間いたら見えない物まで見えてきそう!というくらいになったあたりで、帰宅・・・
本当に帰りたくなくなる。
とにかくエンジントラブルでも起きて飛行機飛ばないでくれ、とか、全てを捨ててここにとどまろうかとか、ほんの一瞬だけど本気で、去年も今年も思ったなあ。

でも。
去年と全然ちがったのは、「どこにいても同じだー」と思ったことだ。
久高島から本島に戻るだけで、いきなり都会のスピードになるし、そこから東京に帰ったらさらにスピードは早くなる。
去年はそれが悲しくて、自分も戻ればそこに飲み込まれて、私の中の沖縄はどんどん薄れる。そう思っていた。

みんななんとなくのんびり平和に、ほよほよした感じの沖縄と、みんなが何かイライラぴりぴりしてる東京はやっぱり違う、何かが大きく崩れている。
それでも、今年は本質的に、「同じだ」と思った。大きな何かが私を包んでいて、それは沖縄から離れても消えたりはしない。
この都会を選んで暮らしても、私は沖縄で出会った人や動物たちのような気持ちを心の芯に静かに持ち続ける事はできるし、そうしたら、全部は同じに見えるんだ。ということが、なんだか突然に分かった。

たまに充電は必要だけれど。今生きてる場所を捨てて、楽園探しをしてもつまらない。
どこだって、旅だけでは見えない、その土地の暗部はあるのだ。
私は私のふるさとをみつけた。だからこそ、今いる場所を大事にする。と力強く思った。


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