魂のふるさとへ3
「乗って行きなさいー」
と車から顔を出したのは、強面の中年男性。
普段警戒心の満タンな私だが、そのときは何も考えず次の瞬間に
「嬉しい!!ありがとうございます!」と返事をしていた。
軽ワゴンの後ろに乗ると助手席には奥さんらしい気のよさそうなおばさん。
後ろに沖縄っぽい迫力で電話中のおばさん。
バス停に並ぶ観光客を横目におじさんは
「あんたラッキーだったねえ、久高島に行って来たの?」
はい、と答え、昨年父の死後に沖縄を訪れた際、どうしても行きたくなってしまったこと、今年は改めてお礼に来た事などを手短に話した。
「あんたーそりゃ完全に久高島に呼ばれたねー。あそこは神様の島だから誰でもいけるとこじゃないよー」
そして電話を終えたうしろにいた女性も
「お父さんが、いきなさい、といったのよー「行きなさい」は「生きなさい」ということ。
久高島は、東の始まりの場所、全てが生まれた場所だから、そこからあなたに始めなさい。
ということよ。あなたは、久高島から新しく生まれて生きるのよ」
「大切な人は、死を通して大事な人にメッセージを伝えるのよ。」
「自分のルーツは、大事な人を失って初めて知りたいと思うもの。それを知ると初めて地に足をつけて生きて行けるのよ。それはあなたの魂の叫びなのよー」
思いもよらない言葉が私にシャワーのように浴びせられた。
初めて会った人間の、ちょっとした身の上話に、ぐっと奥深く入り込んで答えてくれる。
ここはなに?一体この人たちは誰?
今、私はどこへ向かっているの?
地軸が変わったような気がした。
その人たちがくれた他にも書ききれない言葉と、惜しみない笑顔と、私を覗き込み、
うなずくまっすぐな目。
それに圧倒されていた。
頭、完全にフリーズ。
光のように降ってくる数々の言葉は、意味を理解する前にどんどんどんどん、
私の皮膚を通してしみ込んでくるみたいだった。
そんな那覇までの一時間弱、突然
「あーここで降りるとバスも便利さー」と信号待ちでいきなり降りる事に。
バスの運転手と変わらず、やはり沖縄の人いきなり。
「もうすぐだよ」とかないもんなあ。
あまりの慌ただしさに、連絡先はおろか、名前も聞いたけど聞き取れない始末。
「あの港で働いてるからさー、また会いましょう!」
と言い残し、ドアが開いたまま発進し去って行く車・・・・・
呆然としたまま来たバスに乗り、ようやく涙があふれて来た。
なんというプレゼント。
なんという出会い。
旅って・・・・すごい。
出会うってこういうことなのか。
どんなにつてをたどって紹介してもらっても、ラブコールを送っても、
けっして計算では出会えない奇跡のような形で、人は人と出会うのだな。
そして、神様が用意したそういう出会いが、人を大きく揺り動かすのだな。
たった1時間の間に、自分の人生が、大きく揺れて進んだ気がした。
何も変わらないのに、私の立っている足が、深く沖縄に根を張った。
この言葉を聞くために、今年はここまで来たんだな。と思った。
たくさんの出来事は私に向かって言外にそう伝えていたのに、
言語化しないとちっとも意味を理解できないにぶい私のために、
言葉として、伝えてくれる人を用意して待っていたんだ。なんと用意周到なことだろう。
そして起こる出来事の本質的で象徴的な意味に、どうして本人はなかなか気づかないんだろうなあ。
でも、会えた。それを伝えてくれる人と。
それは自分に、深い勇気と自信を与えた。
ここを根っこに持っていれば、大丈夫なんだ。
私の魂のルーツが、音楽と踊りと自然と神様が生きる島で、本当に本当によかった。
私が大事に思うものが全部入ってる場所で、よかった。