ひとを変えるなんて

胸が熱くなるような日々が続く。
私の回りの人はみんな、今なにものかと向き合う日々なのだな。

物をつくる現場、人が出会う現場、表現をする現場にめまぐるしく連れて行かれる日々の中で

「人は人を変える事なんてできないんだな」
と痛切に思う。
特に、人が人の気持ちを「変えたいと思って変える」なんて不可能だ。
それは絶望的な体感ではあるけれど、逆に、意外に人は変わる。
変えようなんて思っていない行動の時に、あっけなく人は変わったりする。

大切な人がいると、救いたいと思ったり独占したいと思ったり、どうにかまともな方向に行かせたいと思ったり都合のよいように操作したくなったり。
善意も悪意も、「人を変えよう」という意志の元では害だ。

相手が自分にとって「間違った」事を言ってもやっても、もがいていても、それがその人にとって経験するしかない出来事だとしたら、理性的に理屈を述べる事に何の意味があるだろう。
その体験の最中にいる人を、ただ見守るしかできない。

人を支える事ってどういうことだろう。

物事を白か黒か、ゼロか百かですっぱり区切る傾向のある私には、とてもとても重要な学習だ。
限りないグレートーンの中に、細分化された数字の中に、たくさんの「支える」という方法があるのだと思う。

とにかく、小さくても舞台が一つ終わる度に、そんな事を考えさせられる日々。
ありがたくて、苦しくて、たのしい。


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