肌身離さず、なもの

オンナノコのお話です。生理のこと。
こんなこと、口に出来ないと思っていた少女時代が懐かしいな。
今となっては、いろんな人と共有できる方がいいじゃない、と思うので平気で書くのです。

一年くらい前に、オーガニックコットンでできた布ナプキンというのを初めて使った。
ナプキンにかぶれたり腹痛や体のだるさや感情の変化、とにかく苦痛であった生理。
そんな中、本や雑誌で見るにつけ、食や環境に関心を持つようになるにつけ、いろんな所で目にする「布ナプキン」の文字。
ゴミを減らす、かぶれを減らす、という「地球と自分のため」という理由で(いやほとんど自分の都合で)おそるおそる使ってみることに。

それがね。
もう、全身で「気持ちいい!」と叫ぶんだ。
なんか、自分の体への愛情がすごく芽生えた。
もちろん使い捨てじゃないから、使った物は洗わなくちゃいけない。
グロテスクだよけっこう。
でも、すごく地に足をつけている気がする。生物として生きてる気がする。
ケミカルナプキンよりは、はるかにめんどくさい事が多いのに、はるかにはるかに、体が楽。
なんなんだろう。

とはいえ、さすがに外出先にまで使うのは怖いよなあ、などどいう不安を、
私の大好きな女性シンガーの言葉がふっとばした。
「え、外出でもライブ本番でもばんばん使ってるよ。大事な時にケミナプなんて使う方が
不安だよ」
というわけで、あるとき、都内に出る時挑戦。

生理中の都内は、貧血起こす確率高くて本当に嫌いなのですが、どうしてもその時期に行きたい美術展があって、布外出デビュー。

いやあ。お守りを持っている、というか、素でいられる、というか。
絶対、感性するどくなるし、逆に過敏に不安定じゃなくなる。
なぜか腹痛も軽減。これは整体のおかげもあるけれど。

もうひとつ、化粧品も苦手で、アルコールフリー、無添加、無香料、的な物をけっこう渡り歩いた。
普通の製品より苦痛は軽減されるけど、でもけして「化粧が喜び」にはならなかった。
そこでこれも1年前パッと目についた
「インドの伝統化粧品」を試してみる。

泥、ウコン、ニーム、白檀。というあっさりした原材料名のパウダーは元々パック用だけど、パウダーとして使えます。と。
数種類のオイルとシコン、蜜蝋だけで出来てるリップも、唇ケアとほお紅にも使えます、と。
ショウノウ、蜜蝋、ココナッツオイルという黒いペーストは、アイライナーにも簡易ヘア染めにも。
と、一つのものでいくつも使い回せるミニマムな3つ。
作られた時期によってできばえが違います、と書いてあるし、かわいいパッケージも何もなく、パウダーなんて、なんとちっちゃいジップロック2枚重ねで、上に簡単なシールだけ。
通販で届いて爆笑した。
でもこのメーカー、一番説得力があるのが、
「数千年、インドの女性がモニターしてきた」ということ。

そりゃ人体実験済みだ!!

使ってみると、人工の匂いが嫌いで無香料を渡り歩いて来た私には、意外なくらい強い匂い。
そのままの白檀、そのままのウコン、ショウノウ、ばりばり癖のある匂いが漂う。
でも、体が、それを嬉しいという。
沖縄や東南アジア(行ったことないけど)に普通に充満してるような原始的な匂いで、
南のものと、のきなみ相性のいい私には、初めて体が喜ぶ化粧品。
万人受けは絶対にしなそうな個性的なその化粧品を、私は初めてリピートした。

ケミカルでコンビニエンスなもの、癖のないソフトな一律なものが、全ての感性をにぶらせているんだ、そのことに気づかないくらいじわじわと、その手軽さは私たちを侵す。
体が喜ぶものから、脳が飛びつくものに、どんどんシフトして。
処理が楽、手間がかからない、時間短縮。
そして汚い部分は全て他に任せる。
それは、明暗を見ないということだ。だから、結果、ほんとの「明」すら見えなくなる。
鎮痛剤のんで、好きじゃない化粧をしてがんばってた自分の、間違った方向のがんばりを、今は悲しく思う。
頑張ってるつもりになって、本質から目をそらしていたんだなあ。

どんどん、体の要求に素直になりたいと思うと、やっぱり自然にかえる。
とにかく、まず口に入るもの身につけるもの。肌が選ぶもの。
全部は無理でも、人の目につかない所でも、譲れないところはある。
そこに我慢が出来なくなって来た自分を、多少めんどくさいと思いながらも、
安さと便利さに感性を売り渡しちゃいけないんだな、と思う。


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