愛と自由と遊びの世界をリアルに生きる子どもと大人達

藤野キッズシアター15周年記念公演を観に行った。

地元の子ども達の居場所作りを、と始まった演劇活動で、
そこに住むたくさんのプロに支えられながら、子ども達を主役にステージを創り続けてきた。
そのほんの一時期を関わらせてもらった事がある。

15年も続いているので、そこで育った子ども達はすっかり大人になった。
彼らはキッズシアターを卒業しても、中高生の頃から自分たちで舞台を作ったり、イベントを打ったり、子ども達の舞台のサポートをしたり、見事に表現活動を貫いている。

今年は、子どもだけではなくOBも出演、さらには父母や一般公募の地域の大人達も出演、という大きな舞台。

ミヒャエル・エンデの原作からキッズオリジナル版を造り上げた「僕らのサーカス物語」
争いのない「明日の国」と、悲しい事はおこらない代わりに新しい事もおきない「昨日の国」と、名前こそないけれどいわば「今日の国」とも言える3つの世界の絡み合う複雑なストーリーと大所帯の舞台。
ただキレイに上手にあらすじを収めたのではなく、それをオリジナルの言葉に昇華して、
大事なのは「愛と自由と遊び」なんだ!
そして現実に私たちは「今日の国」で何を選択するのか、
という大きなテーマも、生々しい言葉と熱い演技で、真っ正面から突きつけてきた。

何がすごいって、ここ数年続けて、脚本もOB、音楽もOB、当日芝居に合わせて生演奏するのも中学生を含むOB、振付もOB、そして、出ハケや、道具の介錯などをスムーズにこなすのもOB。
15年変わらない演出家のもと、彼らが立派に創造の中心となって、
入った時に小学生にもなっていなかった子達が、演出家の片腕となっている。

プロの人たちと、父母の多大な協力で出来上がってきていた舞台が、逆に大人になった子ども達に支えられ、今回は今まで裏方だった父母まで役者として出演してるという(笑)
温かく見守ってきた地域の人たちも舞台に上がっちゃうという(多分今まで羨ましかった人多数笑)
地域の中で表現が育つとはこういうことか、というのをまざまざと見た。

上手に一糸乱れず踊る事や、しっかりした発声法、キレイな歌声は、彼らには皆無。
そこを「指導」されることよりも、創作の本質を突き詰めること、お膳立てじゃなく自分たちで作るんだ!という自らの表現の種を植える事の方がどれほど大事なことか。
芝居のタイミングを逃すまいとじっと演技を見つめて音を入れる若い音楽隊や、道具の出ハケを美しくこなす青年達を見ると、大事なことは全て学んだんだね、と思った。

あそこにいる大人から学べる事って、ほんと、基礎がどうとかじゃなくて、
息をするように自由に表現し続けることなんだよね。
大人が子どもみたいに一生懸命で自由だから、子どもは当たり前のように表現を生きる力にできる。

それは、芝居を成功させる事以上に、子ども達の居場所作りと、子ども自身の表現に心を砕き続けた大人達の成果。
そして成果を誰か一人の手の中に納めず、そのバトンを惜しげもなくどんどん新しい人、若い人に手渡している。
その集大成が15周年に見事に体現されていた。

もう、ほんと嫉妬(笑)
藤野はほんと、大人も子どもも、リアルに「愛と自由と遊び」の世界にいきているのだもの。
あそこはどことも比べがたい、まさに「明日の国」
でも誰もがそこへ行けるはず。ほんとはどこにでもあるはず。

…高校時代にハチャメチャなミュージカルを指導者なしに作ったことが、
自分の今の原点であることを、キッズシアターを見て思い出して、
なんか、次へ向かう勇気が出たな。
どこにでも作れるはずの、愛と自由と遊びの世界を、私は私のやりかたで、つくる。