一人一人がメディアになる。支える人になる。

入間市で知人が企画した山本太郎トークライブに行って来た。

過激な物言い、議員らしくないパフォーマンス…ま、多少のアレルギーは感じるのだけど、
一昨年、池袋駅前で雨の中、街頭演説をしていたのをたまたま見た事がある。
大きな車の上からではなくて、普通に道ばたで、煽動的でもなく、噛んで含めるように丁寧な口調に、ちょっと意外な思いがした。
そして、その当時は誰も本気にしていなかった『安倍さんは必ず衆議院解散を決める。今から覚悟しなくては』という彼のそのときの主張が、数ヶ月後に現実のものになった。

やっぱり百聞は一見にしかず、なのだ。
報道で見るエキセントリックな印象とは大分ちがう。
とはいえ、そのときは数分の出来事だったので、今回はじっくり聞いてみる。

えっと、語られた内容は、きっと調べれば幾らでも出てくると思うので、
私はただ感じた事を。

頭のいい人だった。
そして正直な人だな、と思った。
そして、やっぱり表現者なんだな、と思った。

私は会場で質問をしていた人たちみたいに、経済の詳しい数字は全く分からないし、
(あの質問が続いたとたん、「場違いか、私!?」と思ったもん)
彼の政策の善し悪しを判断できるような知識はあまりないけれど、
ちゃんと、エネルギーのある言葉を持っている人だったので、不思議とだんだん理解できてきた。
つまり、議員らしくない、専門用語をあまり使わないラフな物言いは、
私たちのような人にこそ届くのだし、それが大事なのだと思えた。

別に彼の言う事を全て鵜呑みにすることはなく、個々の政策の賛否は自分で一つ一つ考えていけばいい。
「自分の事として」関心が持てるということが、第一歩なんだ。

あのライブを通して聞いてそうか!と思った事は、
誰か力のある人にのっかるのではなくて、自分で見て、判断して、次は自分で発信することの大切さ。
全部はわかり合えなくても、一致する部分でつながりあうこと。(この場合は大筋合意、でいいんだよな〜って)
想いのある人に頑張ってほしければ、市民が支えなければ、彼らは様々なリスクを負って義を通す事ができないのだということ。

これってさ、政治の世界じゃなくても、今、物事を起こそう、続けようと思う時に全て成り立つことだよね。

私は山本太郎さんの言う事全て、やる事全てを支持するわけじゃないけれど、
(配られた「永田町恐怖新聞」は好きじゃないって思った)
でも、私が大事に思う事の一部は、想いが一致するので、ゆるくつながりたいし、支えたいなと思う。
もちろん彼以外にもそういう人を一人一人、見つけていきたいなと思う。

そしてね、「一人一人がメディア」だという彼の言葉に、出会った人は応えよう。

どんな問題も、アレルギーより、実際に見た方がいい。
「わからない」なら、自分で扉を開いた方がいい。
全ては「自分」がスタートなんだ。
そのことを実践し企画した知人に、最後に敬意を。