沖縄旅行記3

久高島です。

バスでふたつばかり戻って、2時のフェリーに乗る事ができた。港からフェリーでたった20分。
フェリーの乗客は20人ばかり。半数は地元のひとたち、半数は私と同じ観光客。
この時期でも観光客はいるのだなあ。

島に着くと、そこはとてもシンプルな景色。
店が見えるだけで3件。それだけ。
ひとつはフェリー乗船券販売兼お土産屋。となりは食事処。ひとつはぜんざいを売っていて、店先の椅子には何人かがたむろ。
すっごくお腹がすいていたので、食事処でまず沖縄そば。店に客はいない。そばは何回か食べたどのそばよりもあっさり。汁まで珍しく飲み干す。

さっと食べて外へでれば、10人ばかりの観光客はそれぞれに自転車を借りて走り出そうとするところ。わたしどうしようかなあ・・・
そういえば観光ガイドマップやパンフレットくらいあるかと思いきや、掲示板に古びて読めない地図と、小学生達が書いたような島の案内図が貼ってあるくらいで、観光向けのものは一切存在しないもよう。そして下調べのない私・・・あちゃ。
最終のフェリーは5時なので、残り2時間半ちょい。

案内図で分かったのは、島は細長く、その下の先端部分である港近辺は集落があり、それをぬけると、ひたすら自然、ということ。
集落の終わりあたりに文化財的なたてものがふたつばかりあること。
島まん中あたりにウタキがあること。島のさらに奥まで行けばビーチもあること。
場所は明記されていないが、入っては行けない場所がたくさんあるという注意書き。

じゃあ。どうせ地図なんて読めたためしがないのだし、何もしないつもりで来たのだから、自転車も借りず、ぺたぺたとのんびり歩こう。時間が残り半分になったところで折り返して帰ってこよう、という結論へ。

歩き始めてすぐに入った集落は古い石垣と石畳。人の気配はするけれど姿はなく、静かで、すみずみまで住人達の暮らしがしみ込んでいて、なんだか他人の庭に入ってしまったよう。ごめんなさい、おじゃましちゃって・・・という気持ちで心細く歩く。
たまに庭に出ているのはご老人で、丁寧にあいさつをしてくださる。
戦前のような、現代とは隔離されたような空気。

そこをあっというまに抜けると、宿泊交流館があり、公園があり、もずくかなにかの養殖場?のようなものがあり、防風林沿いに畑がこじんまりと続いている。小粒の芋が、むぞうさに積んである。
後ろのトランクを開け放して荷物を積んで、歩くようなスピードでてろてろ走る、アンティークと言えるような車が通る。
赤ちゃんを連れたお母さんが弾けるような笑顔で挨拶をする。
うわあうわあいちいちすべてがいいなあいいなあ。なんか離島って感じだなあ。

その辺りもいつのまにか抜けると、亜熱帯の林の中に、かろうじて鋪装はされているが細い道がつづくばかり。あちこちに脇にそれる道がのびている。人の気配ももはやなく、いるのは、鳥の声、ちょうちょ、一歩ごとに空気を変える風。
なんだかむしょうに涙が出てくる。とまったり、しゃがんだり、みあげたり、なにもかんがえず、ただ足の向くように歩く。でもどう歩いても、あるのは、林。鳥。蝶。風。

10人ばかりの観光客には全く会わず、もう島の人にもあわず、林の中ぽつんとひとりぼっち。
それが、びっくりするくらい幸福で満たされて、そのままとけていくのではと思うくらい心地よい。
これが自然っていうのかあ。これが神かあ。

はっと気付けば、もう折り返さなくてはいけない時間。
もう帰らなくていいんじゃないの〜と思いつつもUターン。
ちょっと道をそれると、いきなり海の絶景が見えたり、反対側の防風林の隙間を抜けると干潮の海で何かをとっている島の人がぽつんと遠くに見えたりした。
建て替え中でプレハブになっている小中学校(一緒みたい)から出て来た、「ザ!オキナワ少女!」という小学生が元気に「こんにちは〜っ」と言ってくれたのは宝物みたいだった。

ん?冷静になってみれば文化財だのウタキだの、当然見るべき場所には全くたどりつかなかったぞ。地図を見て歩かないから当たり前か。
でも、そんなことはどうでもよくなってしまった。あの林の中にぽつんといられたのが、全てだった。

フェリー券売り場で、島の塩を買い、ぜんざいやで缶オリオンビールを買う。
港で「帰りたくないよ〜」と思いながら飲んだビールと、風のすばらしさったら!

恋人と別れるような思いで戻った本島の港は、そこだって田舎なのに、いきなり都会の匂い!
バスに一時間揺られて戻った那覇はさらに、人だらけでめまいがした。
たかだか2時間以内に、こんなに違う場所がある。不思議な事だ。


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